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zoom RSS 認知症 「不可解な行動」には理由がある  佐藤眞一 第4章 

<<   作成日時 : 2015/11/04 15:39   >>

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この本より。

参考になったなと思う部分のまとめ。


第4章 認知症が進行するにつれて現れやすい症状


見当識障害の進んだ人は、ここがどこなのか、今がいつなのか、相手が誰なのかわからないために、慢性的に不安を抱えています。ケアがうまくいっているときは、不安は沈静化しているのですが、ひとたび何かあると、この不安が膨れ上がり、恐怖になってしまいます。そのため、抵抗したり、暴れたり、時には介護する人に暴力を振るったりするのです。p162

まずは、本人が抱える不安に焦点を当てて考える必要があるのだな。



見当識障害のある人に接する際の基本は、「安心させること」であり、ポイントは以下の3点です。
@受容ー認知症の人の頭の中にある、ひずみのある時間と空間を受け入れ、その世界に合わせる。具体的には、認知症の人の言ったことを否定しない。
A補完ー必要な情報を適切に伝えて、時間と空間のひずみを補う。具体的には「お昼になったから、ご飯を食べませんか」「ここは家だから、大丈夫ですよ」などと簡潔な言葉で必要な情報を伝える。
B明確化ー複雑な情報処理が必要でない環境を整え、時間と空間を明確化する。具体的には、朝・昼・晩がわかるような挨拶などの声かけを習慣化したり、いつも落ち着いていられる居場所を作る。p163


安心できる居場所づくりは、
病院などでの環境ではなかなか難しいことかもしれないけど。

看護師としては、
自分自身の心がまず安定していることが大切なんだろうなと思う。



周囲の人は、嘘の話、特に誇大妄想的な自慢話を聞くのは不快ですから、否定したり、鼻であしらったり、怒ったりしてしまいがちですが、冷静に受け止めて、話に耳を傾けてください。話の中から、その人の人生が浮かび上がってくるはずです。
 また、自慢話をしているとき、人は気持ちが高揚して、よい気分になっています。認知症の人もそれは同じですから、せっかくの良い気分を壊すことはありません。認知症が進行すると、自慢話のようなポジティブな発言は減り、恐怖や不安を訴えることが多くなってしまいますから、このような話が聞けるのはよいことなのです。「まだ自慢話をするだけの力があるんだ」という思いで話を聞くことによって、認知症の人の気持ちも良い状態に保たれます。p175


知っていないと、知っていても、なかなかできないことだなと思う。



たとえば、施設で利用者が騒いだり暴力行為をするなど、何らかの問題を起こすと、職員が関わってきます。ところが、何もしないでおとなしくしていると、職員の関わる回数がどうしても減ってしまいます。職員が関わってくるのは、それがネガティブな理由であってもその人にとっては「注目された」とか、「接触回数が増えた」といことであり、報酬になります。そのため、その行為をやめさせようとして関わると、行為がエスカレートするというパラドックスが生じるのです。p180

問題行動の背景にあるものを考えるようにすることが大切なのだろう。



介護とは本来、相手に思いやりをもってすることです。しかし、そこに性的な問題が生じると、介護の根源が崩壊してしまいます。単純に身体を触った触らないという問題ではなく、介護する人が、人間としての尊厳を踏みにじられたような気持ちになってしまうのです。そのような気持ちで相手を思いやることはできません。しかし、介護は続きます。とすれば、その先にあるのは介護する人のうつや、ネグレクト(無視、介護放棄)、暴力などの虐待です。p182

これは難しい問題だなと思う。

私は男性なので、
男性の認知症の方と接する場合に、性的な問題はあまり考えなくてもいいけど。

複数の人でその人を支えるということも大切なのだろう。



どこへ戻っていくかは、おそらく、自分自身が何者かということと、密接に関係していると思われます。自分とは何者かという、アイデンティティの根幹を形成した頃に、戻るのです。そのこと自体は、悪いことではありません。しかしそうなると、自分自身が思っている自分と、周囲が思っている自分とにずれが生じてしまいます。そのために、周囲が自分を認めてくれない、自己証明ができない状態になり、混乱してしまうのです。p187

この部分が、
認知症になるとその人の本来の姿が現れると思われる部分かもしれない。

ただ、その現れてきたものもその人の一部でしかないとは思うけど。

その人をよく知れると、
その人への対応の仕方も変えられる可能性があるということだと思う。



私たちは、単純なリズムで太鼓を叩き続けたり、踊り続けたりしていると、ある瞬間に”動作がツボにはなまる”というような感覚があり、気分が高揚します。さらに続けているとトランス状態になることがありますが、このツボにはまる感覚が快感であることが、単純な反復作業を続ける動機になっていると考えられるのです。p189

ツボにハマることは、
自分が危険になったり、他人に迷惑にならないことならば、
悪いことではないのだろうなと思う。




認知症の人が徘徊しようとしたり、夜間せん妄に陥っていたりする場合には、言葉の内容に反応せずに、本人の言葉を反復して、共感だけを示します。「部屋がわからないんですけど」と言われたら「部屋がわからないんですね」と、「泊まるお金がないんです」と言われたら「泊まるお金がないんですね」と、「5階へ行くにはどうしたらいいですか」と言われたら「5階へ行くんですね」と、自分の判断をはさまずに、相手の言葉をそのまま反復するのが「繰り返し技法」です。
 自分の言ったことをそのまま返されることで、Jさんは自分が肯定された、共感してもらえたと思い、気分が落ち着いて安心するのです。これを繰り返すことで、徐々に徘徊や夜間せん妄が治まっていくことがあります。p193


相手の言葉を反復して、共感を示す、
というのは、
看護学校でも教わること。

この技法を現場で活かせるようになるには、
ある程度の経験が必要だとは思うけど。



放尿とは、失禁とは違って、わざとする行為であり、攻撃性の現れだと考えられます。そして、攻撃とは、自分を守るため、自己防衛の手段なのです。オムツを着けるのが嫌いなのに、無理矢理つけさせられてしまうという、他者の”攻撃”から自分を守るための行為なのです。p197

認知症が重い患者さんでは、
点滴をしようとすると嫌がって抵抗する人もいる。

理由もよく分からず痛いことされるわけだから、
嫌だろうなと思う。

その点滴が、その人にとってどのくらい必要なものなのか?
という判断は医師が行うことだけど、
医師はその人がどのくらい点滴されることを嫌がっているかをあまり知らなかったりするので、
看護師としては複雑な思いになることもある。



人は、何もしないでいることがストレスであり、基本的には何もしないではいられないので、何もすることがないときには、何かを考えてしまうのです。同様に、人によっては、何もすることがないときに、何かを食べてしまうこともあります。
 ものを食べることは、皆さんもご存じの通り、人間にとって大きな快感です。また、唇や口の中は、野菜の繊維が一本歯にはさまっただけでも気になるほど、非常に敏感にできています。つまり、食べものはもちろんですが、飲み込まなくてもものを口に入れただけで、私たちは快感を感じるのです。そのため、何もすることがなくストレスがかかった状態のときに、何かを口に入れることで快感を感じると、ストレスを解消できます。さらには、その快感がクセになり、依存してしまうこともあります。p198


何もしないでいることがストレスになる、
といことは、
確かにそうだなと思う。

休みの日とか、
何もしないでいるのが休まるかというとそうでもない。

ベッドの上寝ているだけの患者さんも、
ほんとうはすごいストレスにさらされているわけだな。



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