脳神経外科看護師のブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 看護師の臨床の『知』―看護職生涯発達学の視点から 佐藤 紀子  まとめと感想その1

<<   作成日時 : 2015/11/21 23:05   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0


看護師が自分の経験を語っている部分は面白く読めた。

語りを解説する部分はややわかりにくかった。


以下、参考になったと思うところ。

私はこれまで行ってきた研究から、ここの看護師の心に残っている患者さんや心に残る場面に、その看護師の看護を支える核につながる経験が存在することを確信している。ところが、残念なことに多くの看護師は自分の体験を語らないし、語る術ももたない。重要なのは書くにしろ語るにしろ、熱心に読む人、熱心に聴く人が必要だということである。私は看護師が職場の同僚たちと実践を語り聴く機会を積極的に作っていくことが、看護師を支える仕組みのなかにどうしても必要だと考えている。p14

自分の職場でも、
看護師がお互いの経験を語りあうようなことをやったらいいのかなと思う。

「語る術」の部分について、
具体的な方法が紹介されているような書物があったら、読んで見たいなと思う。



哲学者であり、『臨床の知とは何か』を著した中村雄二郎は、『正念場ー不易と流行の間で』のなかで、何が人の記憶に残るかという問いに対して、「『ひとは経験によって学ぶ』ということを意味するギリシア語の言い回し《ta Pathemata,mathemata》が役に立つ。この言いまわしは直訳すると、ギリシア語では『痛みを感じることがものを学ぶことだ』という意味である」と述べている。また「ここでの〈痛み〉とは、良心の痛みの問題ではなくて、自己の心身へのつよい刻印のことである。したがってある行為が『記憶にない』とすれば、ひとは真剣に行為もしなければ生きもしなかったことになる」とも述べている。p91

昨日のことをよく覚えていないのは、
真剣に行為もしなければ生きもしなかったせいかな?

それは、今日の朝何食べたかを覚えていないのと、同じようなことかもしれないけど、
もう少し、毎日を真剣に生きたほうがいいかなと思った。



ポラニーも「人間は語れることができる以上に多くのことを知ることができる」と述べているp110

逆に言えば、
多くのことを知ることができないと、語ることもできないといことかなと。



「閉ざされた『知』」と「相互作用の『知』」と「関わりの『知』」について。

「閉ざされた『知』」を用いるとき、看護師は「毎日ロボットのように検温や業務をしていた」「仕事のやり方そのものがわからない」「どう関わってよいのかわからない」「業務に振り回されていてナースコールで業務が中断されるとイライラする」「何を話しても反応がない患者さんに困惑して無力感を感じる」「業務を優先したいと考えクライアントとの関係を断ち切る」とうい内容を表現していた。このことから、この『知』をもちいるとき、看護師は身を固く緊張させ、身構え、クライアントを受け入れられずにおり、クライアントと自分が自由に存在する場ではなく「私の世界」にいると考えられる。p135

「閉ざされた『知』」のパターンと比較して、「相互作用の『知』」を用いる場合、看護師が自分について語ることが極端に少ないという特徴があった。このことには、関心が相手に注がれていることが影響しているのであろう。p139

「相互作用の『知』」を用いる看護師は、クライアントの以前の状況やいつもの様子などと比較して観察し、今のクライアントを捉えているという特徴がある。時間の経過や日頃の観察から得ているクライアントの見方を基準として用い、今の現象の意味を捉えている。また急変などの場面においては、予測をしながら対応することができる。したがって、現在の現象の意味を多方面から多義的に捉えているといえる。p160

「閉ざされた『知』」を用いる看護師は、クライアントに関わりながら、自分の感情に支配され、関心が自分に向かっていく傾向がある。しかし、「相互作用の『知』」を用いる看護師は、今までの経験で培った「クライアントを知る」という行為を通して、関心をクライアントに向けている。しかし「関わりの『知』」を用いる看護師のように、「判断」と「行為」が凝縮して用いられているのではなく、常に「判断」と「行為」を自分で意識しながら、合理的に関連付けて相手に関わるという特徴がある。p161

「関わりの『知』」を用いる看護師は自分が受け持つことがFさんと家族にとってよいことと考える【自負心】がある。p181

「関わりの『知』」を用いる看護師は、今そこで起こっていることの意味を、過去の多くの事例との関連で瞬時に丸ごと把握している。p181

看護師の『知』のレベルで言うと、
「閉ざされた『知』」<「相互作用の『知』」<「関わりの『知』」ということのようだけど、
「相互作用の『知』」と「関わりの『知』」の違いがよくわからない気がした。

それは私にはまだ「関わりの『知』」というものが、
つまり、「丸ごと瞬時に把握するというのが、
よくわからないせいだと思う。

起きたことをよく見てよく考えて、
やっと答えらしきものが見えるか見えないかするくらいかな。

エキスパートになるためには、「関わりの『知』」というのを目指したら良いのかもしれないけど、
本書には、どうやったらそこにたどり着けるのかということは詳しく書かれておらず、
そういう人を現場で見て学ぶしかないみたい。

いわく、

一人前の看護師が、自分のやりたい看護を実践するためには、それを示してくれるモデルが必要であり、このことは従来より示唆されてきた。しかし、行動の模倣は、『知』を獲得するためには不十分であり、そこには理論的な説明が必要である。ここでいう『知』とは、ポラニーや中村のいう「暗黙知」や「臨床の知」を含む知識のことであり、行為することを含んでいる。看護の実践の場においては、師長に限らず、そのような『知』の伝達者の存在が重要であろう。さらに臨床の場で用いられる『知』は、臨床で体験を積めば誰にでも身につくものではなく、知識を獲得する過程には看護という仕事や、病む人へのコミットメントがなければならない。p239

せめてできることは、
研修にでも行って、『知』の伝達者が話すことを聴いたり、書いたものを読んだりすることくらいかな。



本書の後半は、次回にまとめます。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
看護師の臨床の『知』―看護職生涯発達学の視点から 佐藤 紀子 まとめと感想その2
まとめと感想その1の続き。 ...続きを見る
脳神経外科看護師のブログ
2015/11/24 08:14

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
看護師の臨床の『知』―看護職生涯発達学の視点から 佐藤 紀子  まとめと感想その1 脳神経外科看護師のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる