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zoom RSS ナースのためのアサーション 平木典子・沢崎達夫・野末聖香

<<   作成日時 : 2016/03/06 22:17   >>

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アサーションに関する本を読むのはこれで二冊目。

アサーションというのは、簡単にいうと、
自分も相手も大切にしてコミュニケーションをすること、
ということだと思う。

参考

アサーション(あさーしょん)とは - コトバンク


この本では、
特にナースに向けてアサーションが語られている。

読んでみて、
アサーティブなコミュニケーションを行う方法の部分よりも、
その考え方の部分について、参考になったと思った。

以下、本書より参照しながら見ていきます。


まず、
ナースはなぜアサーティブになりづらいのか
という部分。

1人の役に立ちたいという気持ちが強い
人にために自分のことを我慢したり、無理をしたりすることが続くと、そのストレスがたまり、持ちこたえられなくなります。そして、「こんなにやってあげているのに」「私がどれだけ我慢しているか少しもわかってくれない」と、相手を責める気持ちが強くなり、一転攻撃的になるということもあります。また、相手以外の第三者に八つ当たりをしてしまう、ということも起こります。p20

2患者の権利を重視する
言うまでもなく、倫理的感性を高め、患者の権利を守ることはきわめて重要なナースの役割です。しかし、それに比べて、基礎教育においても現場においても、ナース自身の権利を守ることも大切であると教えられることは少ないのです。p20

3共感的なやさしいナースであらねばならない、という気持ちが強い
共感的でなくてはならない、受容的でなくてはならない、やさしいナースでなくてはならない、という気持ちが強いと、自分のなかにわいてきた否定的感情が受け入れられず、抑圧してしまうといことが起こります。しかし、自分のなかにわいてきた否定的感情に気づき、そのような感情がなぜ生じたのかと検討することは、実は患者の気持ちをより深く理解する手がかりになるのです。p21

4ナースはチームで仕事をする
もともと日本の文化は調和を大切にする文化であり、チームの和を大切にしようとします。協力し合わなければ仕事が進まないので、できるだけ葛藤を起こさずうまくやっていきたい、という気持ちが強くなります。p23

5医師ーナースは対等な関係である、という意識が薄い
多くのナースは医師との関係は上下関係であると認識し、そのように行動しています。医師のなかには、治療に関係ないことでも、あるいは何か頼みがある場合でも、「命令」する人がいます。そのようなとき、ナースはなかなかアサーティブに対応できません。
また、医師との関係は対等であるべき、という気持ちが強いために、逆に医師に対して攻撃的になるということもあります。p24

6ナースは多忙である
時間がなくて早く結論をださねばならないとなると、自分の意見を言わないで簡単に引き下がったり、あるいは逆に、無理やり相手に自分の意見を押しつけたり、といったことが起こりがちです。医療源場では、残念ながら自分の気持ちや考えを伝え、相手の気持ちや考え方も聴いて、相互を尊重しながら歩み寄りを図る、といったていねいな作業ができづらいときがままあります。時間的な制約も、アサーションを阻むひとつの要因になっているようです。p26


ナースがアサーティブになれない理由はたくさんある。

このように考えると、
良いナースであろうとすること自体が、
アサーティブでなくなる原因なのかもしれないとも思う。

良いナースであろうと背伸びをするというか、無理をするというか、
そういう努力は、必要なのだろうけれど、
そうすることで、自分自身であることから遠ざかってしまうのかもしれない。

自分自身であることから遠ざかってしまうことは、
自分自身をないがしろにするということで、
自分自身をないがしろにすれば、
相手とのコミュニケーションにおける深みが減る。

自分自身でありながら、
なおかつナースでもあるということを目指す必要があるのだろう。

そのために参考になるなと思ったところは、
特に以下の二か所。

ナースは一般にこうした場面で自分の気持ちを表現することが不得手です。多くの場合、こうしたとき、そうすることがあなたにとって必要だ、こうしないと早く回復しないといことを説明して気持ちを変えるように説得します。確かにそれはそうなのですが、患者の多くは「それはわかっている、でもおっくうだし、やりたくないんだ」という気持ちを持っているのです。ですから、その気持ちを理解しながら、理屈ではなく、自分の人間としての気持ちを伝えてみるのです。それによってナースの人間味ややさしさが伝わります。p93

看護の世界でのカウンセリング学習では、患者への共感と受容は強調されるものの、それらと同等に重要なナーシ自身の自己一致(self-congruence)もしくは純粋性(genuinness)はあまり知られていないようです。そのために、相手の話を聴いている自分自身の内面への気づきが難しくなり、相手に対する否定的な感情を抑圧してしまったり、必要以上に自分を責めてしまい、それが積み重なると燃え尽きることにもなりかねません。しかし、カウンセリングの学習にアサーション・トレーニングを併用することで、単に受身的に、時には自己犠牲的に相手の話を聴くのではなく、自己の感情や感覚も大切にしつつ能動的で積極的に率直な対話ができる相談相手になれる可能性が出てくるのです。p145


まとめると、
自分自身の内面に気づき、自分の人間としての気持ちも相手に伝えるようにすること。

しかし最近の病院は、入院から退院までのスパンがどんどん短くなり、
看護師と患者さんの関係は、
サービスを提供する側とされる側という関係にとどまることが増えているような気がします。

そのような環境では、
自分の人間としての気持ちを相手に伝えるような機会はそれほど多くはなく、
マニュアル的な応対が多くなる。

コミュニケーションの深み、
なんてことを言うと、
めんどくさい奴みたいに思われたり。

それから、そういう傾向は、
看護師と患者さんという場面だけではなく、
世の中全体でも増えているのかなと思います。

たとえば、なんとなくですが、
学校の先生と生徒だって、
感情と感情をぶつけ合うような場面はほとんどなくて、
教育というサービスを提供する側とされる側みたいな線引きができているような。

自分の感情をさらけ出すようなことは敬遠されて、
よりクールに、ドライに振る舞うのが良いこととされているのかなと。

でもそれは、
ほんとにそうなのかなと。

そこで考えさせられたのが、
以下の四か所。

人は、困ったり、緊張したり、不安になったり、自信がなかったりするもので、それを表現してよいし、表現することもアサーションです。アサーションとは、いつも自信満々に、正々堂々と自己表現をすることではなく、思ったこと、感じていることを正直に、素直に言ってみることだったことを思い出しましょう。p67

アサーション権・アサーションによる自己表現は、葛藤を起こさないための考え方、言動ではなく、それが起こるのが当たり前と思えるようになり、そんなことでいちいち恐れたり、困ったりしない日常をつくるためのものです。p73

人間は、自分の性格と環境の影響でものの見方を形成し、そこから逃れることはできないということになります。つまり、どんなに偉い学者であろうとリーダーであろうと、その人のつくりあげた色メガネでしかものを見ることはできず、人間の言ったりやったりすることに唯一の真実はないということになります。p79

どんなに相手を傷つけまいと思って配慮したところで、絶対に相手が傷つかないという保証はありません。相手がどう受け取るかは相手の感じ方次第なのです。むしろ相手が傷ついてしまったと感じたときに、その気持ちを相手に伝え、相手との関係を修復したり、さらに関係性を深めていけるような努力をしていくことが大切なのではないでしょうか。p190

この四か所から考えたことは、
コミュニケーションによって、相手と分かり合えるとは限らず、
むしろ、葛藤を生んだり、相手を傷つけてしまうことあり、
しかし、それでいいのだ、ということかな。

「人間の言ったりやったりすることに唯一の真実はない」のですから、
ある意味では自分も相手も常に間違っていて、
しかし、それでいいのだと。

傷つけてしまったら、ごめんなさい。

少しでも理解してくれたとしたら、ありがとう。

自分を大きく見せようとする必要もない、
カッコつける必要もない、
弱さは汚さを隠す必要もない。

ただ、すぐにそういう感じにもなれないので、
少しずつ進む。

喧嘩したり、感謝したりしながら。

それが、
人と人とのつながりなのかな。

そんなことを考えた。



続いて、新人ナースについて書かれた部分より。

新人のナースはよく、「ナースは看護の専門家なんだから病気や看護については、答えられるはずだ」と思っているところがあります。そんな人は、患者に質問されたことが知らないことだったりすると、あわてて不確かな答えをしてしまったり、うやむやのうちに会話をすませたりします。知らないことがバレることを恥ずかしいと思い、それを隠そうとするからです。こんなとき、「知らないことやわからないことがあってもよい」ということがわかっていると、いいかげんな答えはしないでしょうし、誰かに答えを聞いてからきちんと返事をし、患者に対して適切な対応ができるだけでなく、知らなかったことを知るチャンスも得られます。看護にもその他の仕事にも、専門家として知っているべきことはありますが、同時に不確かなこと、懸念などは、人によって違うのです。「人は皆違っているので、誰もが同じ言動をするとはかぎらないし、知っていることにも、考えることにも、感じることにも違いがあってよい」のです。神様ではない人間が、知らないことがあるのは、基本的には恥ずかしいことでも、不名誉なことでもないのです。むしろ、知らないことをきちんと知ろうとしなかったり、あいまいなままに知っておくことこそ、あってはならないことでしょう。p67

私ももっと若いころに、
知らないことを隠そうとした結果の失敗をいくつかして、
今でもそれは覚えている。

そういう経験をすることで、
だんだんと謙虚になっていけるのだと思うけど、
そんな自分を完全に乗り越えられた感じはしない。

まだまだ先は長いなと思う。



今回はとりあえずここまで。

この本のまとめもまだもう少し長くなります。

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