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zoom RSS 高齢者の終末期医療を考える―長寿時代の看取り 増田 寛也ほか

<<   作成日時 : 2016/04/20 23:04   >>

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小さくて薄い本。

内容もコンパクトだけど、
諸外国における終末期への対応について話は、
とても参考になると思った。


以下、本書より参考になったと思うところを参照。


欧米豪では、高齢者が終末期を迎え、食べられなくなっても、点滴や経管栄養を行わず、食べられるだけ、飲めるだけで看取ることが一般的となっている。p6

日本では、まだまだ一般的ではないな。



現在、年間死亡者数は120万人であるが、2025年には160万人を超えると推計されている。現在は80%以上の人が病院で亡くなるが、今後増える40万人はどこに行けばよいのか。今の病床数を前提にしても厳しいが、政策的には病床数はむしろ減らす方向に向かっている。これからの看取りの場をどうするのか、日本社会が抱える深刻で具体的な課題である。p12

否応なく在宅で死を迎える人が増える流れ。

在宅での看取りを支える方法を、充実させる必要があるのだな。



超高齢社会では、人の生死に関わる医療のあり方についても、資源は限られているという共通理解のもとに公私の均衡をどうとっていくのか、という基本的な合意のもと、正面から向き合わなければならない。ここから逃げれば、国民全体が地獄を見ることにもなりかねないという時代の大きな転換点にきている。p13

「地獄」という言葉はややショッキングだけど、
現状のまま何も変わらなければ、
ほんとに「地獄」が待っているのだろう。

しかし、現在の看取りに関する本当の問題は、
資源の分配、ということではなく、
自分の死に方について、多くの人があまり意識していない点なんじゃないかと思う。



現在、日本では8割の人が最後を病院で迎えているが、病院での最後は末梢点滴が多く行われている。これはもちろん医療行為であり、医療行為を行う際には医療的ニーズがあるはずなのだが、この最後の段階の末梢点滴については、医学的ニーズというよりも家族や医療・介護スタッフの心の負担軽減のために行われている。点滴ボトルが下がった風景が、家族と医療・介護スタッフの情緒をケアしているのである。
日本でよく見られる見取りの風景であるが、これは本人にとって利益なのか、不利益なのかを考える段階にきている。本人には針が刺さっている。末梢点滴の針は、一回刺すだけでなく、何回も指し直しが必要である。両腕が真っ黒になっている高齢患者がたくさんいる。
これは一体何のためにやっているのか。「風景づくりのための末梢点滴はもうやめませんか」ということを医療者に呼びかけている。p15


大部分の看護師は、
終末期にある患者さんに何度も針を刺したり、吸痰をしたりしながら、
自分だったらこういうことはされたくないな、自分の家族にはこういうことはされたくないな、
と思っていると思う。

思っていても口には出さず、
医師の指示だからということでやっているのかな。



欧米では、各国で終末期の医療についてのガイドラインがまとめられている。例えばオーストラリア政府のガイドラインでは、『高齢者介護施設における緩和医療ガイドライン』の中の「認知症緩和ケアプログラム」において、「アルツハイマー末期の患者には経管栄養や輸液はしないこと」とされている。
これらに沿って、日本神経学会は2010年に『認知症疾患治療ガイドライン』を作成し、「重度認知症患者治療について、経管栄養は良くない、まずは経口摂取の可能性を追求すべきである」と示している。p16


経口摂取の追及をすると、
誤嚥する可能性は増える。

誤嚥性肺炎が起きれば、
食事を中止して症状が改善するまで点滴をして、
改善したらまた経口摂取をトライして、
ということを繰り返す。

そして、
それをどこまで繰り返すのか?
ということになる。

そういうとき、
実際に行為を行っているのはたいてい看護師で、
看護師が誤嚥のリスクを考えて食事を控えるとい場合もかなりある気がする。

最終的には医師が判断して、
経口摂取はリスクが高いので、経管栄養にしますか?点滴にしますか?となるけど、
その時に、
第三の選択肢である、
「両方とも行わない」を、本人が意思表示できずに本人の家族などが提案する場合、
その決定についての心理的負担を背負うのは、
とても辛いことだろうなと思う。

一人の人の死期を決定するということになるのだから。

そういう場合には、
次のことを知っていると、
心理的負担が少しは軽くなるのかもしれない。

アメリカの老年医学会は、最後の段階になったら、適切な口腔ケアの方がずっと大事であるとガイドラインの中で示している。水分補給ということであれば、小さな氷のかけらを与えることが望ましく、人工的な栄養投与はほとんどの症例において患者のためにならない。死を間近にした患者は空腹やのどの渇きを覚えないと言われている。p16

日本では、脱水や低栄養は終末期の高齢者にとっても悪いことと考えられている。しかし、逆に良いことであることを、スウェーデンを訪れた際に教えられた。
脱水になると脳内麻薬であるβエンドルフィンが分泌され、気分が良くなる。マラソンの時のランナーズ・ハイも、このホルモンが分泌されている。また、低栄養になると、栄養源として自分自身の脂肪が使われるため、血中のケトン体が増加して意識が朦朧としてくる。まだまだ仕組みは解明されていないが、人間の身体は、枯れるように死ねば、穏やかな最期を迎えられるようにできている。
終末期に点滴や経管栄養を行った場合、これらの恩恵を受けられずに、苦しむことになる。欧米で人工栄養が非倫理的であるといわれる所以である。p28


このことは、
看護師でも理解するのが難しいことだと思う。

終末期に点滴をしていなかったら、
点滴もやってもらえないのか?
と、思ってしまうだろう。

これらのことが一般的になるには、
まだまだ時間がかかるのだろう。



つづきます。


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