看護師父さんの仕事と勉強の記録

アクセスカウンタ

zoom RSS なぜ、「回想療法」が認知症に効くのか 感想5

<<   作成日時 : 2016/04/28 23:23   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0


この本の感想、その5。

考えさせられる本だったので、
感想がまだつづきます。



高齢者介護について大切な考え方だと私が確信しているのは、それまでの人生になかったことを彼らの心に今さら導入するのは難しい、ということです。p131

だからこそ、
その人が経験してきたことを知ることが、
大切になるのだな。



面白いのは、発表会をするので一緒に練習しましょうということになると、高齢者の中に頑張る人がでてくることです。彼らは一生懸命、間違えないように練習します。p132

デイサービスなどを、高齢者の学校ととらえて運営すると、
高齢者が生き生きとしてくるようだ。

この部分の話は、
「回想法」という枠を超えていて、
「学校療法」とかなんとか名前を付けてもいいように思える。

多くの人にとって、学校というのは、
とても強烈な経験として心に刻まれている事なのだな。

私自身にしてみても、
学校を出て二十年近くにもなるのに、
まだ学校のころの夢を見たりすることがあるし。



ひょっとしたら、私たちは「楽」と「楽しい」をはき違えているのかもしれません。その人の思い出の中で本当に楽しかったことは「楽」なことではなく、「頑張った」ことなのではないでしょうか。p133

働き蜂の人間は「頑張ること」が大好きなのに、それをやらせてもらえる場がありません。それはレクリエーションではだめなのです。頑張ってきた人なら、施設の中で風船をもってこられたり、目の前に大きな輪投げゲームを持ってこられた瞬間、怒りがこみ上げてくるのではないでしょうか。自分の目の前にそれが出されたところを想像してみたらおわかりになるのではないでしょうか。
「ふざけるな!」と怒り狂うでしょう。そんなものがこれからの自分の人生の先にあるなんて、許せますか?p134


確かにそうだなと思う。

このように言われると、
高齢者にレクリエーションというのは、高齢者が何かしらの価値を生み出すことを否定しているような気もしてくる。

「一億総活躍社会」というのだから、
高齢者にも、最後までなにかしらの役割をもって活躍してもらわないといけないだろう。



特にこれは介護施設関係者に気づいていただきたいことなのですが、介護施設関係者はどこか「諦めて」いるように感じられることが多いのです。そして、今さら、認知症高齢者に「まだ終わっていない」と思わせるより、「後はもう周りに流されて、人の言うままに主体性なく生きていいのですよ。そのほうら楽ですよ」と言ったほうが、なんでもうまくいくと思っているのではないでしょうか。p135

認知症になっても、彼らは終わっていない。死ぬまで人間は絶対に「終わらない」のです。p135

今までの介護は、介護する側が「ケアをしてあげよう」と思うところからしか発想されていませんので、ケアが必要な人=自分よりも弱い人間を対象にしてしまう感覚から逃れられないのです。p141

この131ページから141ページあたりの内容は、
従来の発想のを大きく転換することを迫っていて、
非常に考えさせられる。

「自分より弱い人間にケアをしてあげる」
という感覚が、例えば、
「仲間として協力し、より充実した生を作り出す」
とか、
「共に行動して、共に喜びや悲しみなどの感情を味わい尽くす」
というような感覚に変わったとしたら、
看護や介護はどうなるだろうか。

たぶん、
すでにそのことに気がついている人もたくさんいるのだろう。

私はこの本を読んで、少し気がついた感じがした。



つづく。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
なぜ、「回想療法」が認知症に効くのか 感想5 看護師父さんの仕事と勉強の記録/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる