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zoom RSS 死亡直前と看取りのエビデンス 森田 達也

<<   作成日時 : 2017/11/09 00:04   >>

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この本を読んでいる。

内容のまとめ6回目

5.蘇生と終末期に備えた話:アドバイスケアプランニングと意思決定

エビデンスの要所
・転移のあるがん患者の蘇生の成功率は5%前後である
・(英語圏の研究で)話し合いを促進する介入を行うことで蘇生を希望しない患者が増加する
・(英語圏の研究で)早期から緩和ケアチームが関わることで症状の緩和のみならず意思決定に関与する
・意思決定には(%や確率では説明できない)さまざまなバイアスが存在する
・「日本人でどうか?」はほとんどエビデンスとしてわかっていない

臨床でのボトムライン
・終末期の話し合い、特に「どこで過ごしたいか(場所)」の話し合いは1つひとつの症状緩和より(少なくとも同じくらい)重要である

今後追加されるエビデンス
・日本人の終末期の話し合いに関する意向、現状、話し合いと実際の患者体験との関連の明確化
・日本人にとって「上手に」終末期の話し合いをする(ほどほどでしないことを含む)方法wの実験的研究
・医療の意思決定におけるバイアスの実態と影響の解明
p79



まず、蘇生の成功の5%というのは、
どの程度回復したことをいうのだろうかと思った。

通常の心停止なら、心拍の再開が蘇生の成功といえるのだろうけど、
ガンの終末期では、
たとえ蘇生に成功しても、そう遠くない将来に同じ状況がやってくるだろうから、
心拍の再開を、単純に成功と考えてよいものだろうか。



それから、
この部分のエビデンスは、
外国での研究によるものが多いのだなと思った。

終末期を迎えた人と、どのような会話をどのようにするかという問題は、
日本では、その場でかかわった人の判断に任せられるところが大きいのかもしれない。

一般化して一律に対応することが良いとも思わないけど、
すべて個人まかせにすることは、
良い医師と巡り合えればよい最後が迎えらえるみたいなことで、
要するに、
運まかせということになってしまう。

しかし、
人の一生は運に左右されるところも大きく、
人生の最後が運まかせに近い状況でも、
それはそういうものなのだろう、
という考え方もあるかもしれない。

日本ではわりとそういう考え方が主流で、
エビデンスの蓄積に結びつかないのかな。

それでも、
自分やほかの人が経験したことを振り返り、
よりよいあり方を考え続けることは、
世の中が続いていく限りは必要なことなのだと思う。




病院に入院してきたガンのターミナルの患者さんには、
どこで過ごしたいかという話をあまりしないかもしれない。

病院に入院したという時点でかなり状態が悪くなっていて、
そこから回復するわけではなく、徐々に症状が進行する状況だと、
最後は在宅で・・・、
という変更は起こりにくく、
その方向に想像をめぐらしてみることもあまりされない。

でも、そこでもう一度考えてみて、
できるだけ、本人の思うような最後を迎えられるような援助を、
何かしらでいないかと、考えることを、やっていけたらと思う。




終末期にある方と、
看護師としてどのようにコミュニケーションをとるか。

今後予想されることを、
どのようにしてその人に説明するか。

その人に、看護師として何をして、
あるいはなにをしないか。

そういうことについて、
もっと考えながら働かないといけないなと思った。



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