日野原先生からナースに贈る35のメッセージ 26.私はね、いまだかつて一回も予後の告知はしたことが・


この本より。

メッセージ26.私はね、いまだかつて一回も予後の告知はしたことがないの。

本文より

「”進行するがんを持っている”と言うのは病名告知だけど、何日もつかといういうことは医師でもわからない」

「”いい環境というのはどういうことか”を考えてあげることだね。環境をよくして親しい友達を呼んであげることで、気持ちが非常によくなる。こういうのを、”テンダー・ラビング・ケア”というんですよ」



”テンダー・ラビング・ケア”について、
日野原先生がほかのところで語っている記事があった。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20110930-OYTEW53474/

日本語にすると、
「優しい愛のケア」
ということみたいだ。

上記記事にの中にも、
私が少し気になった記述があって、
それは、

1年に34万人もいますが、緩和ケア病棟に収容されて死亡される方を収容出来る病床はそのニーズの1.3%にとどまっています。

というところ。

つまりそれは、
ほとんどの人は一般の病棟か自宅などでなくなっているということで、
緩和ケア病棟で”テンダー・ラビング・ケア”というのが受けれる人というのは、
とてもラッキーといえるのかなと思う。



一般の病棟でがんでなくなる人を看ていて、
がんで死ぬのは孤独で苦しいことだなと思うことが多い。

わずかなケースでは、
家族に囲まれて安らかな最後をとげられることもあるけど、
そういうことはあまりない。

家族のそれぞれにも、仕事とか役割があって、
死にゆく人にずっと付き添ってはいられない。


その孤独に対して、
看護師が何かできると考えることはおこがましいことかなとも思う。

ちょっとゆっくり話を聞こうとしても、
すぐにナースコールが鳴って別のところに呼び出されて、

「忙しいのにごめんね」

って、
患者さんに謝られたりしている。


しかし、
忙しくなかったら患者さんにもっと優しくできるのかと言ったら、
そうでもないかもしれない。

忙しいときに患者さんに優しくできない人は、
たぶん忙しくなくても患者さんには優しくできないのではないだろうか。

ちょっと時間ができたら、
何かやることないですか?
って、他のスタッフに聞いて回って、
自分の時間をタスクで埋めようとする。

そうやって一日忙しく働いて、
今日も一日よく働いたなぁ、
と、なんとなく満足して帰宅する。

そういうのはおそらく、
死にゆく人と正面から向かい合うよりも楽なことなんだろうな。


まあそういう私も、
死にゆく人とどうやって向かい合ったらいいのかなんて、
全然わからないですが。


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