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zoom RSS 認知症「不可解な行動」には理由がある 佐藤眞一 第一章 認知症の人が抱える不安、家族が抱える不安

<<   作成日時 : 2015/10/30 16:05   >>

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この本より。

認知症について、認知症の人の気持ちについて、認知症の人を介護するということについて、
書かれている。

何回かに分けて、
勉強になったなと思うところをまとめておきます。



第一章「認知症の人が抱える不安、家族が抱える不安」より。


介護する人は認知症の人の行動の意味がわからず、イライラし、あるいは悲しくなり、疲労困憊していきます。しかし、本当は、いちばんつらいのは認知症の人自身なのです。なぜなら今がいつか、ここがどこか、相手が誰か、わからない。さっきしたことも思い出せない。事実であると思っていたことを、否定される。では、この世界は本物ではないのか?私が見ているのは、現なのか夢なのか?そしてわたしはいったい誰なのか?認知症の人は、このような実在不安の中に生きている、いえ、生きざるを得ないからです。p23

自分自身について、
今がいつか、ここがどこか、相手が誰か、自分がだれか、わからなくなったらどうだろうかと想像してみると、
少しは認知症の人の気持ちがわかるような気もした。

それでも、
その人の現実というのは、
その人自身にしかわからないことも多いのでしょう。



人間にとって自立性が失われること、自由を制限されることは、苦しいことなのです。
 それは、自宅で暮らしていた人が施設に入所すると、不適応を起こして2〜3ヶ月の間うつ状態になることからもわかります。施設に入ったからといって、身体的な状態が変わるわけではありませんし、具合が悪くなっても助けてもらえるのですから、かえって安心感があるはずなのに、一時的に精神状態が悪くなるのです。
 その原因はいくつかありますが、大きな要因の一つに、食事の時間や内容、入浴の順番など、日常生活のほぼすべてにおいて、施設側が決めた通りに行動しなくてはならないことがあります。それまでは好きな時間に好きなことをしていたのが、そうはいかなくなるのです。自由が制限されること、自律的に行動できなくなることに、人間は容易に適応できないのです。p40


この苦しさは、
管理する側にはなかなかわからないものかもしれない。

施設側としては、
入所する人に「適応」してもらうしかないわけですが。

それでも「適応」には相当の苦しみが伴うということを、
理解していることは大切なことだと思います。



認知症の人は「私はいったい誰なのか」という実在不安の中に生きていると述べましたが、それはまさに、「自分とは何者か」というアイデンティティを喪失したところにある不安なのです。
 このような状態が本人にとって苦しいのはもちろんですが、実は家族にとっても、とても苦しいことなのです。なぜならば、社会的アイデンティティを失うとは、それに伴う社会的評価も失うことを意味するからです。誇りに思っていた夫が、同じ会社の人からバカにされていたと知ったら、どうでしょうか。尊敬していた父が、ほかの人に信用されていなかったと知ったら、どうでしょうか。自分が傷つけられたのと同様の、場合によってはそれ以上の、痛みを感じるのではないでしょうか。家族もまた、深い傷を負うのです。p43


このような家族の苦しみにつては、
あまり考えたことがありませんでした。

認知症というのは、
自分にとっては、自分自信を失っていくような苦しみであり、
家族にとっては、大切な人を失っていくような苦しみであるのだなと思いました。



介護する人は、ともすれば自分の大変さにとらわれて、介護される人の大変さを忘れてしまいがちです。自分がいちばん大変だ、自分だけが大変だと思ってしまうと、介護を続けることが苦痛になってしまいます。そして、その先は虐待や心中につながっています。
 私も大変だけれど、本当はこの人がいちばん大変なのだ。そのような共感が介護には必要であり、相手を思いやる気持ちは、共感から生まれるのです。p47


このように思えるようになることも、そう簡単にできることではないでしょうけど、
このような気持ちを持たないと、続けられないということでもあるのだと思います。



介護は、美談ではありません。「お優しいですね」「偉いですね」と介護する人に向かって言うことは、そのような仮面を、介護する人に被らせようとすることでもあります。介護は、誤解を招くことを承知であえて言うならば、悲惨なことです。悲惨なことだと思っているからこそ、周囲の人は、その現実から目を背けるために、介護する人を褒めて美談に仕立て、自分はいい気持ちになって去っていくのです。p52

「美談」に仕立てあげたいという思いが、
相手を苦しめることがあるのですね。

いい気持ちになって去っていく人は、
自分はいいことをしたと思ってるのでしょうから、
自分の言動の本当の意味にも気が付くことがないのでしょう。

自分が相手の立場だったらどうか、ということを真剣に考えると、
簡単な言葉は出てこない。


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