看護師父さんの仕事と勉強の記録

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zoom RSS 看護を語ることの意味―“ナラティブ”に生きて 川島みどり 感想その4

<<   作成日時 : 2016/01/06 23:26   >>

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この本の感想その4。

感想その1

感想その2

感想その3



看護大好きになるについては、その個人によってさまざまな動機があると思います。ただ、技術を持った専門職として共通なことは、先ほど説明した身体知を感覚的に取り込む際の喜びを体験することではないかと思うのです。看護実践の過程で、ある感覚を通して、稲妻のように身体中を駆けめぐる感覚とともに、「ああ、これがそうなんだ」と、恐らく一つや二つのそうした体験を皆さんお持ちだと思います。p99

「身体知を感覚的に取り込む際の喜び」
というのは、
はじめて自転車に乗れたときとか、逆上がりができたときとか、
そういうときの感じかな。

看護師としてのそういう感覚は、すぐには思いつかないので、
まだまだなのかなと思う。

点滴の針を刺すときとか、
こうするとうまくいくかなぁ、という感覚は少しはあるけど、
それでもうまくいかないときもあったりするので、
点滴の針を刺すという技術ひとつにしてみても、
完璧にマスターしたという実感はまだない。

自分の技術には、まだまだ向上の余地があるとも思っているので、
それはそれで「やりがい」にもなっている気がする。



1960年代には、入院中の食前の手洗い、排泄後の手洗いはたとえベッド上でもからのベースンと湯の入ったピッチャーを用いて流水のもとで行っていました。それが次第におしぼりに変わり、次いで市販の濡れティッシュに変わってしまいました。p102

ベッド上での流水の手洗い、といのを食事のたびに全患者さんに行うというのは、
できればそれは理想的だろうけど、
それができていないということをもって看護が退化しているように語るのはちょっとどうかとも思う。

人件費とかのコストの問題もからんでくることだろうし。

それにそのくらい昔の話になると、
介助の負担の大きい患者さんには、家族とか家政婦さんみたいな人が付き添っている場合が多かったとか、聞いたことがあるし、
現代の看護現場との比較は簡単にはできないのではないだろうか。



「何で清拭を専門職がやらなければいけないのか」という攻撃がいつでもあります。「どうして看護師は体を拭きたがるのか」という変な言い方をする医師も現実にいるのです。p110

術後の患者さんは吐き気やだるさ、頭痛などを訴えることが多いのですが、清拭をすることによって緩和されたケースがあります。このことから考えると、体の拭き方を工夫して食欲のない患者さんの食欲を引き出す清拭とか、あるいは無気力状態で意欲がなくて死んだほうがましだといっている患者さんに、がんばって生きよう、闘病しようという思いを引き出すような清拭があるのではないでしょうか。p113

清拭でなくても、患者さんを元気づけるようなかかわりはあると思うけど、
清拭にすごいこだわりがある感じがするところなどが、すんなりと理解できない部分もあり・・・、
そんなこと言っていると、著者にすごい怒られそうな気がするな。

確かに、医療処置は痛かったりつらいことが多くて、
看護師は患者さんにいやなことばかりする役回りだったりして、
そんななかで「清拭」は、
看護師が患者さんに行える数少ない気持ちのいいことの一つなのかもしれない。

そう考えると、「清拭」は、私が思っている以上に大切なものなのかもしれない。

いや、「清拭」などの清潔のケアをそれほど重要なものととらえていないこと自体が、
効率を重視した医療の弊害で、間違った認識なのかもしれない。

そのように考えてみたらどうだろうかと思った。



まず自分と闘わなくてはなりません。省略をしてもいいところといけないところを常に看護的な視点で考えるようにするのです。その場合、患者さんにとって今自分が行おうとしていることはいいことかどうかを常に頭において、患者さんにとってよくないことは当然してはいけないし、よいことだったら障害が少々あってもやるべきです。このような判断は、自分で考えて実施していくことでわかるようになります。よくないのは、一日の自分の行動の優先順位を決めるときに、お風呂に入ったり、頭を洗ったり、体を拭いたりすることは忙しいから省略して、点滴や検査を優先することです。現在は、看護全体がそうなっているように感じています。看護とは何か、看護師は何をする職業なのか、ということからスタートして、清潔ケアとは何かといま一度考えなおしてほしいと思います。p114

この部分の特に後半は、私にはちょっと理解できない。

患者さんが入院しているのは、
看護師に清拭してもらうためではなく、
点滴して検査して、病気を治療するためなのだから、
点滴や検査が優先されるのは当然のことだろう。

私としては、
点滴や検査などの、大切だけど大変なことのあいまをぬって、
清拭などの、わずかでも安らぎになるだろう部分を、どうやってとりいれていくかということが、
看護師の力のように思っている。

そしてよくないのは、
「清拭」という予定があらかじめ設定されていて、
ルーチンとして忙しく清拭をして、一日の日課をこなしました!
と、終わりにしてしまうこと。

しかし、よく考えれば、
私自身が「よくない」と思うようなことを、私自身が毎日しているような気もして、
忙しいから仕方がないと言い訳しながら、だんだん感覚がマヒしてきている気もしますが。

「いま一度考えなおす」必要性は、
確かに高いなと思います。



入院日数の短縮、電子カルテ、クリニカルパス、目標管理、リスクマネジメント等、遂行しなければならない諸課題の数々。それらの一つずつを取り上げれば、いずれも、医療の経済効率や均質な看護を提供する上で必要でしょう。しかし、それらは、病棟運営や看護管理上の問題だけではなく、現在進行形の密度濃い複雑な職場状況を生み出す要因になっていることにも目を向けないわけにはいきません。
同時にこれらは、あくまでも医療機関側の問題に過ぎないことも承知しておく必要があります。患者側からすれば、自分の受ける医療や看護がどのようであるのかが重大関心事です。常時忙しそうに働く看護師に、患者として何をどこまで求めることが許されるのか、言いたいことを抑えて日々療養している場合も少なくないのではないでしょうか。一方、前述のような職場環境での看護師たちは、そうした患者の思いに近づくどころか、意識的に気づかぬふりをしなければルーチン業務の遂行が覚束ないという状況でさえあります。p119


この部分は、確かにそういうことだなと思います。



以下、病気になった看護師が自ら入院して気づいたことの部分より。

病室には、大きなデジタルの壁掛け湿度計がついていましたが、何時でもおおよそ30%台の前半でした。40%以上にするためにいろいろな工夫をしなければなりませんでした。p122

「おしぼりを持ってきましょうか」という声をかけてくださった看護師はいましたが、一度持ってきていただいて閉口したので、それ以来お断りすることにしました。それは、病院の清拭車に入っているおしぼりって、実に不快な匂いがするのです。p122

最初の朝の流動食は、その期待を見事に裏切るものでした。「口から食べる喜び」どころか、一口含んで、「何?これは・・・」と思いました。まず、糊を薄めたようなのっぺらとした重湯、少し高齢の日本人にとって懐かしい香ばしい味ではありませんでした。スープときたら、鰹節でもなく昆布でもない、何のうま味もない薄い塩水といった味気ないものでしたし、それに市販のジュースというメニューでは、病人の生きる意味を呼び起こすどころか、食事自体が苦痛になることだってあると思いました。
管理栄養士も誕生してからその歴史を重ね、NSTとやらが大流行の現在、あまりにも貧困な病院の流動食に怒りさえ覚えたほどでした。p124


病院は、特に冬場、とても乾燥しています。

なにかよい方法はないものでしょうか。

それから、清拭車のおしぼりは臭い。

私の勤める病院は、バケツにお湯でやっていますが、
これは結構大変。

におわない清拭車、もしくは、バケツにお湯をもっと簡便にできないかなと、
思いますね。

最後に、病院の食事はあまりおいしくないということ。

患者さんの中には、
「おいしい、おいしい」と言って食べてくれる人もいますので、
嗜好の問題だったり、普段の食生活が豊かになったせい、
というのもあるかもしれないなとは思います。

「市販のジュース」だって、それが貴重な時代なら、
最高においしいものだったかもしれないですので。

私の経験としては、
名古屋の病院に勤めていた時に、お味噌汁が赤だしで、
これは患者さんに評判が良かったなと思っています。

手術後に食事が開始になって、
まず赤だしの味噌汁を一口飲んだとき、表情がぱっと明るくなった患者さんの顔を、
今も覚えています。

栄養という要素以外にも、
食事が患者さんを元気にする部分は多くあるなと思います。



夜勤実習は、学生でも一週間ぶっ通しで、しかも大きな単位の病棟を除いては1人夜勤でした。よく事故が起きなかったものと思いますが、看護実践力や判断力はもとより、規律とか責任感はこの三年間の間にしっかりと身についたといえます。p211

現代でこれはできませんね。

現代では、看護師としての経験を積みにくくなっているといえるのかもしれません。

そのような面からも、
学習方法とか、指導方法とかを、
改善をしていく必要があるのだと思います。


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